いつ何があってもおかしくない

このところ、国内各地で大雨や洪水、土砂災害、地震などの災害が続いています。

先日の大雨では、私の住む地域も被災しました。

いつも見慣れている景色が、一夜にして水に覆われていました。

通い慣れた道が通行止めになり、いつもの店に行けず、当たり前だと思っていた生活が、あっという間に姿を変えてしまう。


停電した部屋で、ふと思いました。

「昨日まで、こんな日が来るなんて、想像もしていなかった」と。


災害というものは、テレビやスマホの画面の向こう側で起きている、遠い誰かの出来事ではないことを。


ある日突然、自分の暮らす場所にも、自分の大切な人にも起こりうるものなのだと、身をもって思い知らされました。


そして今、この瞬間にも、災害によって大切な命を失われたご家族がいらっしゃいます。


お亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈りするとともに、ご遺族の皆さまに、心よりお悔やみ申し上げます。


また、被災された皆さま、今もなお不安な日々を過ごされている皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。


一日も早く、穏やかな日常が戻りますように。

「当たり前」ほど、当たり前ではないもの
災害が起こるたびに、私たちは思い知らされます。


「当たり前の日常」というものが、実はどれほど奇跡的なバランスの上に成り立っているのかを。


朝、目が覚めること。
蛇口をひねれば水が出ること。
スイッチひとつで、部屋に明かりが灯ること。

「おはよう」「ただいま」と、声をかけ合える人がそばにいること。

こうしたことは、生まれてこのかた「あって当然」のものとして、私たちの暮らしに溶け込んでいます。

けれど本当は、その一つひとつが、誰かの支えや、これまで積み重ねてきた日々の上に、かろうじて成り立っているものなのだと思います。


20代の方にとっては、これから築いていく毎日の重みとして。

子育て世代の方にとっては、守るべき家族の日常として。

そして人生の先を長く歩んでこられた方にとっては、これまで何度も同じような困難を乗り越えてこられた記憶として。

世代によって受け止め方は違っても、「当たり前の尊さ」に気づかされる思いは、きっと同じではないでしょうか。


備えとは、荷物の中身だけではなくて、
災害への備えというと、水や食料、懐中電灯、モバイルバッテリーといった「物」を思い浮かべる方が多いと思います。

もちろん、それらはいのちを守るために欠かせないものです。


けれど、実際に被災してみて強く感じたのは、それと同じくらい「心の備え」が大切だということでした。


停電した真っ暗な部屋で、私たちを落ち着かせてくれたのは、非常食の味でも、懐中電灯の明るさでもなく、なんとなくでも大丈夫と思えるような安心感。

それと回りの人の支えでした。

実はその日、夫が電車で外出し、二つ隣の駅で五時間も足止めされたうえ、その日は電車動かない結果となりました。

普段なら歩いて約一時間の距離ですから同じ状況となり歩いて帰ろうと試みる方も多くおられましたが、そのせいで亡くなられた方もおられたのです。


夕方、電車が動かないと夫から連絡がきたときに「夫を安全に無事帰宅させて」とソマヴェティックに声をかけました。

夫は駅からもう今日はこの電車は動かない。
電車は解放しているからとアナウンスを聞いたと連絡してきました。

明日になっても動くかわからない電車。
川が氾濫したのでタクシーも通行止めでした。

不安なときほど、人は独りではいられません。

警報が鳴り響く中に近所に住む友人たちと

大丈夫?
いまどこ?
停電してない?
冠水してない?

会社行ってるであろう近所の友人たちには
電車動いてる?
帰ってこれた?
などと連絡し
一人で住んでいる高齢の友人には
何か困ってない?大丈夫?

そうやって声を掛け合っていました。

友人の中でやはり電車が2つ隣の駅で止まったから歩いて帰ろうとした人がいまして、いきなり流れてきた水に足をすくわれて電柱に捕まり消防に救助してもらった人がいました。

車で20分のところに買い物に行き、冠水してはまり消防に救助してもらった人もいました。

それくらい酷い被害でした。

夫は歩いて10分ほどの場所にビジネスホテルがあって、丁度彼にそこに泊まるように電話で話して、ホテルに予約を入れようと予約サイトを検索していたときに近所の友人から電話が入り
「まだご主人帰れないの?」と聞いてくれたので
ホテルに泊まるように話したと伝えたところ、
「2つ隣の駅までみてきてあげるよ。」と言ってくれました。

何かあってからでは責任もとれません。

「危ないから止めて。」と断りましたが

「もし道路通行止めとか冠水していて動かなかったら戻ってくるから。」

そういって、彼女は
「家の前の道路は冠水しているけど車のタイヤより、低い位置だから平気。」と言って夫を見に行ってくれて無事に我が家に送り届けてくれました。

我が家は高台のマンションの最上階なので冠水の心配はありませんでしたが夫が帰宅して

「帰ってくるとき、うちの回り以外はみんな湖みたいだよ」。と言っていました。

翌日から2日駅は線路の冠水と駅構内への冠水、停電で電車が止まっていたそうです。

我が家は地下に駐車場があり、地下一階は倉庫、一階はスーパーマーケットなのですが地下一階の倉庫まで冠水、そのため一階のスーパーの電気系統に問題が出て休業。
駐車場はプールみたいだったそうです。

ですが、それでも、
同じ地域の建物の中で(マンションが縦にズラリと並んでいる)一番被害がなかったそうです。

ソマヴェティックの有効範囲が縦横30メートル
なるほど!と頷いた瞬間でした。




いざというとき不安に押し潰されないためには普段から

・深く息を吸って、今この瞬間に意識を戻していること

・ことあるごとに「なんとかなる」と、自分にそっと言い聞かせること

・そばにいる人と、目を見て声をかけ合うこと


このような小さな心がけの積み重ねが、いざというときに、自分や大切な人を支えてくれるのだと、今回の経験を通して実感しました。



災害は、私たちから多くのものを奪っていきます。


けれど同時に、大切なことをひとつだけ、はっきりと教えてくれます。


それは、「明日が当たり前に来るとは限らない」ということです。


そう思うと、今日という一日が、これまでとは少し違って見えてきます。


何気なく交わした家族との会話。

温かいご飯を、みんなで囲む時間。

遠くに住む親や子どもの元気な声。

昔からの友人と、たわいもない話で笑い合えるひととき。

特別な出来事ではなくても、私たちは日々、数えきれないほど多くのものに支えられて生きています。

それに気づき、「ありがとう」と手を合わせる気持ちを持つこと、それこそが、いつ何が起きてもおかしくないこの時代を生きる私たち一人ひとりにできる、ささやかでありながら、確かなことなのかもしれません。


■ 最後に

被災された皆さまが、一日も早く、穏やかな日々を取り戻されますように。
今日もまた私の住む地域は警報鳴り響く大雨が降っています。

これを読んでくださっている皆さま
どうかご自身とご家族の安全を、何よりも大切にお過ごしください。

大きな災害の後だからこそ、私は改めて思います。

今日、あなたのそばにいてくれる人、

今日、あなたが口にできる温かい食事、

今日、あなたが安心して眠れる場所、

そのすべてに、心からの「ありがとう」。



いつ、何が起きてもおかしくない時代だからこそ、目の前にある、小さくてかけがえのない幸せに、これからも気づき続けていきたいと思います。

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